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2008年03月01日

08年3月1日放送 埋蔵文化財の発掘現場より

◇◆◇3月の月間テーマは「文化財」です◇◆◇

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■埋蔵文化財の発掘現場より

ゲスト:(財)京都府埋蔵文化財調査研究センター 長谷川 達さん

 平安京、長岡京、恭仁宮と、3つも都(みやこ)があったということ、そして都であり続けたところは京都しか無いわけです。地面の下には大遺跡が広がっているんですね。

 京都府埋蔵文化財センターでは、京都府下で行われる国や府が造る建物や道路建設などに伴う発掘調査をしています。京都市や京都市の民間事業に伴う埋蔵文化財調査は、京都市が調査を担当することになります。
 京都府で対象としているのは、一つの原則は人間の歴史の始まり(例えば石器などですね)から、新しいところでは安土桃山時代の頃までを一つの目安にしています。いろんなものが出てきますが、土の中から出てくるものの、全てを調査します。どこに遺跡があるのか?はおおよそ分かっていて、その地図を元に判断します。<続く>


◇瓦窯跡から得られること
担当:小田木洋子

 昨年、奈良時代中期の瓦窯跡を調査に行きました。高温の火で焼けた土壁からの7世紀当時の残留磁場データの測定と、その測定システムの構築が目的です。地中に残された遺構からは、人類の歴史文化の謎に迫るだけでなく、地球の謎に迫る貴重なデータが得られる可能性があるのですね。


音声:


☆本日の出演:下村委津子、小田木洋子

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2008年01月19日

08年1月19日放送 亀屋良長さん

◇◆◇1月の月間テーマは「京都のお正月」◇◆◇

■お正月のお菓子

ゲスト:四条醒ヶ井角・京菓子司 亀屋良長 吉村良之さん

080119.jpg 創業は亨和三年(1803年)です。十辺舎一句(徳川11代家斉、松平定信)のころから、200年続いています。蛤御門の変でお店は焼けていますが、場所はおそらくずっと同じです。京の三名水の一つ「醒ヶ井」が店の前にあり、菓子にはもちろん、製造工程で必要な大量の水にも、地下水を使っています。地下の水を使うと、小豆を炊いてもふっくら炊けるので、前日から一晩水につけなくても大丈夫なんですよ。

 お正月の和菓子といえば「花びら餅」ですね。もとは菱はなびらと言い 宮中の正月の儀式に用いられたもので、宮中雑煮 或いは 包み雑煮とも呼ばれていました。<続く>


◇京都の地下水
担当:伏木道雄

 染の井(梨木神社)[そめのい]、醒ヶ井(亀屋良長さんの井戸)[さめがい]、県井(京都御所内)[あがたのい]が、三名水と言われてきました。最近、県井が復元されました。京都の地下水は他の軟水と比べても、よりまろやかで繊細な味わいが特徴の軟水です。この地下水があるからこそ、素材の味を引き出す健康的な薄味が生まれたのですね。



☆本日の出演:小田木洋子、伏木道雄

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2008年01月12日

08年1月12日放送 京都のお雑煮は白味噌です

◇◆◇1月の月間テーマは「京都のお正月」◇◆◇

080112.jpg■白味噌のお雑煮
ゲスト:本田味噌本店 営業部長 尾崎正明さん

 本田味噌は天保年間,約180年前に創業されました。もと丹波杜氏の丹波屋茂助が麹づくりの技を見込まれ、宮中のお料理用に味噌を献上したのがはじまりです。明治維新以降も本田味噌の白味噌は江戸の宮中で使われ,京都が西の京とも呼ばれていたことから,「西の京の味噌」と呼ばれ、「西京味噌」と命名されたそうです。

 白味噌は塩分が少なく,米の麹をたくさん使うことで,あの甘みがでているそうです。
 お雑煮は,お出汁ではなく,お湯でつくり,最後に鰹節をかけていただくと,白味噌の甘みや風味が引き立つため,おすすめだそうです。


◇「見立て」とおせち
担当:上原智子

 日本の文化には『見立て』いう言葉があります。よく日本建築や,特に日本庭園でも紹介されます。「枯山水」がその例です。大きな石を島に『見立て』たり、玉砂利を波に『見立て』たりします。茶室も同様です。これらは,都会の中の、自宅の離れの一室を中国の山奥に見立てて遊ぼう、という大人の『ごっこあそび』だと言われます。

音声:


☆本日の出演:下村委津子、上原智子
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2007年01月20日

07年1月20日放送 京の食材とお正月

▼▼今月のテーマは「お正月〜文化と暮らし」です▼▼


■食材とお正月
ゲスト:三条 堺萬 沢野弘武さん
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 京都は12月13日の事始めからお正月の準備にかかります。百八つ梵鐘を聞いて身を清め、井戸から若水を汲んで神棚にお供えします。その後近くの氏神さんに参ってオケラ火を貰い、頂いた火縄をおくどさんに移して大福茶とお雑煮を作ります。

(写真は、松尾大地、澤野弘武さん、下村委津子アナ)


音声:

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2007年01月13日

07年1月13日放送 文化〜華道を通じて

▼▼今月のテーマは「お正月〜文化と暮らし」です▼▼



ゲスト:嵯峨御流 嵯峨華道専門学校副校長 垣花悦甫さん

 嵯峨御流は、今から1200年前に、嵯峨天皇が大沢池の船遊びで、小島の菊を手折られて花瓶に挿されたことが始まりです。また華道総司所とは、国内外140カ所の司所や、生け花を学ぶ華道専門学校、華道芸術学院の統括をするところです...。


◇様々なシーンでの緑と庭
担当:山本晶三

生活空間にあふれる緑、庭の効用


音声:
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2006年01月21日

06年1月21日放送

▼▼今月のテーマは「京都のお正月」です▼▼

■よく似ているのにちょっと違う
ゲスト:韓国人留学生 ヨムチョルホさん、脚本家 皿倉のぼるさん

 日本と韓国、それぞれの文化、民俗は、中国をもとにしたものが多く、3つの国は兄弟のような関係。
 旧正月、今年は1月29日。韓国では、新暦の1月1日はどう過ごすのでしょうか?韓国のお正月の習慣と日本の習慣の違いを聞きました。


◇すまいの暖房、あれこれ
担当:勝矢佳子


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2006年01月14日

06年1月14日放送 茂山家のお正月

▼▼今月のテーマは「京都のお正月」です▼▼

060114.jpg■ 節目の行事を大切に
ゲスト:大蔵流狂言師 茂山七五三さん

 祖父(四世茂山千作)の本名である七五三を襲名しました。祖父は12月28日、わが家でお正月の注連縄(しめなわ)を飾る日に生まれたので、七五三(しめ)と名づけられました。お正月飾りは「一夜飾り」はだめだと言われますので28日に飾っていました。「しめなわ」は一般的には漢字で「注連」とかきますが、京都では「七五三」と書きます。これは注連縄の瓔珞(ようらく)の数が七,五,三であるところから来ているそうです。

 注連縄は昔から家で作っています。輪と藁だけを買ってきて、ここにウラジロ,ユズリハ,奉書,ゴマメをつけます。昔は麻ヒモを結んでつけていましたが、今は紅白の水引で結んでいます。輪飾りの作り方など、親が作っているところを子どもに見せ,子どもはそれを同じように作りながら,覚えていきます。水引は紅白が左右どちらになるとか、ゴマメはオスとメスと一匹ずつ組み合わせるなど、オスとメスを見分けるのはとても難しいのです。私も父や祖父から教わり、今度は私が子どもたちに教えています。<続く>

 ★お豆腐狂言 茂山千五郎家


◇京町家まちづくりファンド
担当:勝矢 佳子

 京町家まちづくりファンドとは、京町家を将来に残し、生かしていくための積立金のこと。一般からの寄付金、京都市などからの支援金がもとになっており、昨年(平成17年9月30日)にできたばかりです。ファンドの大きな目的は、町家の連なるまちなみ景観の保存はもちろん、京町家を保全・再生・活用することによって、京都固有のくらしの文化、空間の文化、まちづくりの文化を継承・発展させ、さらには地域経済の活性化につなげていきたいということです。


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2005年01月22日

05年1月22日放送 京都語り部の会

▼▼今月のテーマは「地名・人名・言い伝え」▼▼

ゲスト:京都語り部の会 代表 山本さん




◇レトロビルの保存再生
担当:勝矢佳子

 大正9年に建てられた、三条烏丸・文椿(ふみつばき)ビルヂングが、絵本カフェ、和装小物、ヘアサロン、飲食店などが入って、オープン。昭和13年に建てられた、四条烏丸・COCON烏丸はインテリアショップ、飲食店、映画館などが入って、オープンしました。
 建物は長い間に持ち主が変わったり、用途が変わったりしたために、壊されてしまう場合が多いです。けれども、その建物のよさを生かして保存再生して使い続けられている建物もたくさんあります。私たち建築士にとって、建った建物を長く使い続けてもらえるのはうれしいことです。
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2005年01月15日

05年1月15日放送 京のわらべ歌

ゲスト:(有)京都レコード 代表取締役 石井満補さん

 京都市まちなかの通り名を、歌えますか?
 数ある通りをどうやって覚えるか?京都育ちの人なら、みんな、これで、覚えているはず。
 ♪まるたけえびすに、おしおいけ〜。あ〜ねさんろっかくたこにしき...♪(東西に延びる通りを、北から順に南下)  ♪てらごこふやとみやなぎさかい...♪(南北に延びる通りを、東から順に西へ)

その昔、地方出身の丁稚さんたちが、配達などで道を間違えないように、歌いながら街を周ったとか。このわらべ歌も収録したアルバムを出している、京都レコードさんのお話。


◇京都から文化を広げよう

担当:伏木道雄
ラベル:わらべ歌 京都
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2005年01月08日

05年1月8日放送 源義経

ゲスト:川端編集事務所 川端洋之さん

 編集者・ライターとして、歴史・文学・京都関係の雑誌・単行本などで企画編集・取材執筆されている川端さん。主な編著・共著には「京都」「関西周辺 街道・古道を歩く」「京を彩った女たち」「京都水景色」「幕末京都」など多数!大河ドラマで話題の「義経」について、お聞きします。

 牛若が生まれたときに用いたという紫野の産湯の井の跡が、今宮神社の北の牛若町にあります。産湯の跡の井戸は2ヵ所有り、その位置は300mぐらい離れています。屋敷がかなり広かったとのでしょう。そこが義智の別邸で、本館は六条堀川通り、今の東急ホテルのあたりに堀川館(源氏の館)がありました。<続く>

 ☆川端さんの著書:
  「源平京都〜源義経と平家物語の人々」(平成16年11月発行)


◇三十三間堂(蓮華王院本堂)
担当:中村真由美

 三十三間堂は平安時代末期の1164年院政を行っていた後白河上皇によって創建されたものです。南北に伸びる内陣の柱の間数が33あります。1001体の千手観音像などが安置されています。
三十三間堂が建造された歴史的背景とは?

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ラベル:京都 ラジオ 義経
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2004年03月27日

04年3月27日放送 糸人形

■「笹屋町のつくりもの」糸人形を復活
ゲスト:西陣千本商店街振興組合 理事長 喜多泰弘さん

 西陣千本商店街は、千本通りの北は今出川、南は上長者町までの南北600mで組合員数は90軒の商店街です。地域に根ざした商店街にするために、地域のいろんな方に気軽に訪れてもらい、楽しんでもらう商店街にしたいということで、「糸人形」を復活させることになりました。

 糸人形は、明治の始めから笹屋町の三丁目、二丁目のみなさんが、人形や背景をつくり、町家の格子戸をはずして飾り付け、展示していました。明治の始めから昭和43年まで、戦時中は途切れましたが、100年続いていました。
 人形の骨格は材木ですが、着物は鋏や針を使わないで、帯を着物に見立てています。足や顔、手は絹糸でできています。だから糸人形といいます。背景も絵に描いて貼るのではなくて、例えば、西陣の糸巻きや紋紙、風呂敷、お膳みたいなものなど、町家や家庭にあるものを使って、それまでもが芸術になっています。よそから調達したものはなくて、全部町内の方々でワイワイ言いながら一つのものを作り上げていく。それが地域のコミュニケーションの復活になります。


◇今日で番組も1周年です

 まちの人々が光る番組、人々がまちが好きになる、ためになる、元気になる番組を目指してきました。「きょうと」のまちを考えるときに、ポイントとなるテーマを月ごとに決めて進めてきました。
 「ただいま参上」では、ほんとうに素敵なきらきらしたゲストをお迎えして、とてもいい話を聞けました。京都の町には、頑張っている方がこんなにたくさんおられるのだということを、確認できて心強く思いました。
 来年度・4月から、毎月最終週の放送は、三条通りにスポットを当てます。コミュニティー放送局という特徴を意識して、地域に根差した密着した身近な放送にしていきたい。三条に住む人、お店を出している人、出掛けてきた人、みんなの声で、三条がより良いまちになっていくように、一緒に考えていきたいと思っています。

ラベル:ラジオ 京都
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2004年01月31日

04年1月31日放送 京都龍馬会

▼▼今月のテーマは「地名・人名の由来と歴史、言い伝え」▼▼

040131.jpg■龍馬会
ゲスト:NPO法人 京都龍馬会 武山峯久さん

 龍馬ファンの会は全国で100近く、世界にもパリやハンブルク等にありますが、NPO法人にしたのは京都龍馬会が初めてです。龍馬を通して心の優しさや、歴史から学ぶものをもっと広げていこうじゃないかと活動しています。

 最近、修学旅行生にも観光地巡りは飽きられています。京都はもう少し掘り下げて切り口を変えたものを提案していかないといけない。京都の本物の良さを知ってもらい、活性化出来ればと思っています。

 歴史の中で私たちが知っている事は案外限られているんです。この三条通界隈だけでも歴史深い所がたくさん散りばめられていて、三条大橋欄干の擬宝珠は16世紀半ばのものがそのまんま残っている。博物館じゃなく、僕らのパンパンと叩ける所に雨ざらしで付いているんです。

 有名な新撰組の池田屋事件のあった池田屋さん。寺町通では、龍馬がお龍さんと散歩してたという話もあります。背丈が180cmほどある龍馬と美人のお龍さんが手をつないで歩いていたというからね。幕府の目も光ってるのに目立ちすぎと、薩摩の桐野利明が土佐藩の侍に注意した、と伝わっています。さらに、富小路三条北にはお龍さんの実家があって、柳ノ馬場には池田屋事件で殺された西川耕蔵邸跡に石碑が立っている。京都には、歴史ある所は幕末だけに限っても少しの距離の中にいっぱい有ります。ここの人が池田屋で斬られた人なんやっていうと歴史がリアルに感じます。

 龍馬会では皆さんを案内するツアーを色々と企画しています。京都が「歴史のテーマパーク」というとらえ方をしています。一般の方々が面白さを発見するきっかけ作りが出来ればと思っています。一過性のものではなく、面白みを合わせて知ってもらうと何度でも京都に来ていただける。奥深いです。

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2004年01月24日

04年1月24日放送 高山彦九郎の像

■三条大橋たもとの高山彦九郎像
ゲスト:中学校教員 川勝康弘さん

 三条駅の待ち合わせ場所として定番の「高山彦九郎像」。40才過ぎの侍姿の人が、北西を見つめて、手を付き、伏している銅像です。「土下座像」なんていう、かわいそうな通称の方が有名かもしれません。彼がなぜ、何に土下座をしているのか?あまり知られていません。

 高山彦九郎は、江戸時代中頃の勤王思想家で、幕末の勤王の志士たちに大きな影響を与え、明治維新を導いた人物です。幕藩体制が揺るぎだした頃とは云え、まだまだ幕府の権力が強い時代に、尊皇を唱え幕府を批判していたのです。三条大橋の銅像は、彦九郎が京都を出入りする度に皇居の方角を向き、ひれ伏す姿を再現しているのです。

 当時は、現在よりも管理が厳しくなく、天皇も御所周辺を散歩していたとされています。庶民も、そう難しくなく拝顔することが出来たらしいですね。
公方様といえば天皇をさす言葉ですが、江戸では将軍のことと認識されていました。江戸では、政治の中心で、それを司る将軍こそ絶対的なもので、天皇への認知度はそう高くなかったのです。上方と関東の意識の差ですね。


◇土地の顔?それは駅
担当:畑正一郎

 町を一つの家と考えたときに、その玄関口にあたるのが駅であり、当然顔であるべき存在ですが、なかなか個性を発揮出来ないのが現状です。駅は不特定多数の人が利用するもので、いろんなものが要求されます。京都など観光都市では、国内外からいろんな人がやってくるので、その土地の情報が、多く手に入る施設でもあらなければならない。やってきた人が、はじめに接する土地の施設はやはり駅なのです。ただ人を流すだけの施設ではなく、人がたまるような仕組みがもっと欲しいですね。
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2004年01月17日

04年1月17日放送 三条通の弁慶石

■弁慶石の由来
ゲスト:よーじや 店員さん

 三条・よーじやさんの入口に弁慶石というのを見かけたのですが、町名にもなっていますね。弁慶石のいわれは?お店の方に聞いてみました。

 いろいろな説があるようです。
 昔の読み物の「京雀」というのがあるのですが、その昔、鞍馬口にこの石があって、武蔵坊弁慶が常に腰をかけて休んだそうです。その大きな石がある年の大洪水で流されて、大洪水で流されてこの町に着いたということです。その後、西朱雀の水薬師というお寺に引き取られたという説があります。
 昔は、鴨川は暴れ川で堤防がなく、三条通りの、このあたりまでしょっちゅう水が迫ってきたそうなんです。

 もう一つの説は、昔この町にあった京極寺というお寺に石があり、それを弁慶が試し切りをしたというもの。
 さらに、もう一つの話では、この石は、はじめ奥州にあったのですが、武蔵坊弁慶がとても気に入っていたものだということです。それを、後にここに誰かが持ってきたということです。


◇地名からまちづくりへ
担当:上原智子

 京都はおもしろい地名の宝庫です。三条通だけでも、弁慶石町って、弁慶と関係ある?桝屋町は、はかりものの商売が多かった? 菱屋町、梅忠町などなど。
 私は宇治の出身です。近くに「莵道」と書いて、今は「とどう」と読まれている地名がありますが、最近になって「うじ」と読んでいたいうことが分かったんです。源氏物語のまちづくりを宇治市が取り組む中で、それが出てきていたんです。
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2004年01月10日

04年1月10日放送 巨椋池

▼▼今月のテーマは「地名・人名・言い伝え」です▼▼


■巨椋池の歴史
ゲスト:設計事務所ニュープラン 遠藤康雄さん (建築士会木造研究会)

 現在も京都市の南に位置する巨椋池(おぐらいけ)。昭和初期に埋め立てられ、いまや小さな"溜め池"ですが、巨の字が付くだけあって!?その昔は巨大な、湖でした...。
 巨椋池から平安京を知る。巨椋池は、京に都ができて大きくなった!?


◇数字の七
担当:内藤郁子

 七という数字にまつわること。五節句と七草がゆ、七福神など。昔からの町家では、いろいろな願をかけて、七福神の福を飾りますね。


「何でもコーナー」
京都府建築士会 福祉研究会 村松徹也

建築物・まちのバリアフリーについての研究会です。
障害者や高齢者の生活の理解を深め、これに係る勉強会や現地見学会、建築物・まちのバリアフリーについての現地調査、出前講座や体験学習などの府民の啓発に取り組んでいます。
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