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2008年04月12日

08年4月12日放送 伏見・納屋町のまちづくり

◇◆◇4月の月間テーマは「まちづくり」です◇◆◇
080412.JPG
■納屋町商店街
ゲスト:納屋町商店街振興組合 副理事長 小林満さん
    (小林呉服店 店主)

 商店街の歴史は古く、豊臣秀吉の伏見城築城と同時に城下町として誕生しました。堀尾帯刀吉晴の邸地があったところから「帯刀町」と称するようになり、伏見市中の代表的な町の格式と伝統を誇っていました。伏見市誕生に伴い、300年続いた「帯刀町」から町名は「納屋町」に改称となりましたが、以前から通称「納屋町」と呼ばれていた歴史ある町名です。

 納屋町商店街は明治42年に「納屋町進商会」として創立され、約4mの幅員、170mほどの通りの両側に50軒あまりの商店が建ち並ぶ、地域密着型の商店街です。近年は空き店舗が見られるなど、商店街の構成にも変化が生じ、平成16年には、商店街の一角でマンション建設計画が発表されました。そこで商店街は、店舗の連続性が途切れないよう、店舗の確保などの要望書をマンション事業者に提出しました。<続く>


◇アーケードのある町並み
担当:上原智子

 納屋町商店街は、1908年に「納屋町進商会」が発足し、1909年に鉄柱アーチ型全覆式日覆い」が完成したと言われています。現在も高い天井のアーケードが存在感を示しています。
 商店街単位で整備された共同日覆いを持つ商店街は、ほとんど西日本、特に瀬戸内地方に集中しているそうです。これは、特に温暖多照小雨の特徴をもつ瀬戸内地方の気候に関係があり、夏季には、強い日射を遮る必要があったことによると考えられるそうです。

音声:

☆本日の出演:下村委津子、上原智子
小林さんのお話の続き...


 その結果、納屋町商店街と事業主との間で、マンション1階部分に店舗を設置し、その店舗を納屋町商店街が購入することで和解に至りました。こういった経過の中で、同様のマンションが進出することへの不安が募り、抜本的な対応策として、地区計画による建築制限の導入を進めるための取組を開始しました。

 平成17年10月に納屋町商店街振興組合内に「納屋町商店街地区まちづくり委員会」を設置して協議を開始、意見交換会など活動を開始しました。それ以降、アンケート調査やニュースの発行等を通じ、平成19年4月17日に京都市に地区計画策定の要望書が提出されました。

 地区計画は商店街のにぎわいを維持するため、納屋町商店街にふさわしくない建物用途としてパチンコ店や貸倉庫、風俗店等を制限する「建物の用途制限」と1階部分の非店舗化を防止するため、間口の2分の1以上の店舗の設置することが決められています。


 当初の検討段階から、地区計画制度を活用したにぎわいの確保と同時に、魅力ある商店街であり続けるための商業者の紳士協定・憲章づくりを進め、商店街の歴史と特性を十分に盛り込んだ商店街憲章「納屋町 伏見のおだいどこ宣言」を作成し、商店街に掲げています。

 これは、明治時代から伏見の台所として栄えてきた歴史を踏まえ、「楽しく安心して買物のできる、おもてなしのこころを大切にするまちをつくります」などを定めています。

 新しい居住者の顧客開拓とともに、商店街からの情報発信等を目的に、「なやまち住まい交流会」の取組を始め、地域にまつわる方からのお話しを聞きながら、取組の契機となったマンションの居住者を招待し、交流を深める取組を続けています。

 これまで、伏見を題材にした落語会や御香宮の宮司さんのお話、大蔵記念館からお酒のお話を聞いたり、地域にちなんだ話題で、交流を続け、最近では、ワインと日本酒のコラボレーションといったテーマでソムリエによる企画などを続けています。
posted by 京都府建築士会 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築・まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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