■埋蔵文化財の発掘現場より
ゲスト:(財)京都府埋蔵文化財調査研究センター 長谷川 達さん
平安京、長岡京、恭仁宮と、3つも都(みやこ)があったということ、そして都であり続けたところは京都しか無いわけです。地面の下には大遺跡が広がっているんですね。
京都府埋蔵文化財センターでは、京都府下で行われる国や府が造る建物や道路建設などに伴う発掘調査をしています。京都市や京都市の民間事業に伴う埋蔵文化財調査は、京都市が調査を担当することになります。
京都府で対象としているのは、一つの原則は人間の歴史の始まり(例えば石器などですね)から、新しいところでは安土桃山時代の頃までを一つの目安にしています。いろんなものが出てきますが、土の中から出てくるものの、全てを調査します。どこに遺跡があるのか?はおおよそ分かっていて、その地図を元に判断します。<続く>
◇瓦窯跡から得られること
担当:小田木洋子
昨年、奈良時代中期の瓦窯跡を調査に行きました。高温の火で焼けた土壁からの7世紀当時の残留磁場データの測定と、その測定システムの構築が目的です。地中に残された遺構からは、人類の歴史文化の謎に迫るだけでなく、地球の謎に迫る貴重なデータが得られる可能性があるのですね。
音声:
☆本日の出演:下村委津子、小田木洋子
長谷川さんのお話の続き...
いろいろなケースがありますが、地面の深いところにいくほど古い時代のものが出土します。江戸の田んぼの下に室町時代、さらにその下に平安時代とか、幾重にも重なる時代ごとの地層がありますが、出てくるもの全てを調査します。
四条烏丸の辺りには、弥生時代の集落があったんですね。京都市内の中心部の3、4mぐらい下に遺跡があるんですが、弥生時代の遺跡が残っているということはあまり知られていないと思います。学校の教科書でも、他の地域の弥生時代の遺跡については習いますが、実はちゃんと自分たちの足元の下にあるんですね。
埋蔵文化財はどのように発掘されるかというと、開発工事の計画がもち上がり、それが地中の遺跡に影響を及ぼすと判断される場合、調査することになります。実測調査や出土品の保存調査を行った上で、分類し、保存します。しかし99%の遺構は、残されずに、工事が進むことになります。
ただし、中には「これは残さないといけない」「ぜひとも残したい」というものが出土した場合は、国や府、関係者で協議した上、保存のために埋め戻し、保存されることになります。千本丸太町の西南あたりに建っていた、平安京の豊楽院(ぶらくいん)などの、今でいうと内閣府と霞ヶ関と皇居を合せたような、国の中枢の遺構がそういった例です。

