■弁慶石の由来
ゲスト:よーじや 店員さん
三条・よーじやさんの入口に弁慶石というのを見かけたのですが、町名にもなっていますね。弁慶石のいわれは?お店の方に聞いてみました。
いろいろな説があるようです。
昔の読み物の「京雀」というのがあるのですが、その昔、鞍馬口にこの石があって、武蔵坊弁慶が常に腰をかけて休んだそうです。その大きな石がある年の大洪水で流されて、大洪水で流されてこの町に着いたということです。その後、西朱雀の水薬師というお寺に引き取られたという説があります。
昔は、鴨川は暴れ川で堤防がなく、三条通りの、このあたりまでしょっちゅう水が迫ってきたそうなんです。
もう一つの説は、昔この町にあった京極寺というお寺に石があり、それを弁慶が試し切りをしたというもの。
さらに、もう一つの話では、この石は、はじめ奥州にあったのですが、武蔵坊弁慶がとても気に入っていたものだということです。それを、後にここに誰かが持ってきたということです。
◇地名からまちづくりへ
担当:上原智子
京都はおもしろい地名の宝庫です。三条通だけでも、弁慶石町って、弁慶と関係ある?桝屋町は、はかりものの商売が多かった? 菱屋町、梅忠町などなど。
私は宇治の出身です。近くに「莵道」と書いて、今は「とどう」と読まれている地名がありますが、最近になって「うじ」と読んでいたいうことが分かったんです。源氏物語のまちづくりを宇治市が取り組む中で、それが出てきていたんです。
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2004年01月17日
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