■ 節目の行事を大切にゲスト:大蔵流狂言師 茂山七五三さん
祖父(四世茂山千作)の本名である七五三を襲名しました。祖父は12月28日、わが家でお正月の注連縄(しめなわ)を飾る日に生まれたので、七五三(しめ)と名づけられました。お正月飾りは「一夜飾り」はだめだと言われますので28日に飾っていました。「しめなわ」は一般的には漢字で「注連」とかきますが、京都では「七五三」と書きます。これは注連縄の瓔珞(ようらく)の数が七,五,三であるところから来ているそうです。
注連縄は昔から家で作っています。輪と藁だけを買ってきて、ここにウラジロ,ユズリハ,奉書,ゴマメをつけます。昔は麻ヒモを結んでつけていましたが、今は紅白の水引で結んでいます。輪飾りの作り方など、親が作っているところを子どもに見せ,子どもはそれを同じように作りながら,覚えていきます。水引は紅白が左右どちらになるとか、ゴマメはオスとメスと一匹ずつ組み合わせるなど、オスとメスを見分けるのはとても難しいのです。私も父や祖父から教わり、今度は私が子どもたちに教えています。<続く>
★お豆腐狂言 茂山千五郎家
◇京町家まちづくりファンド
担当:勝矢 佳子
京町家まちづくりファンドとは、京町家を将来に残し、生かしていくための積立金のこと。一般からの寄付金、京都市などからの支援金がもとになっており、昨年(平成17年9月30日)にできたばかりです。ファンドの大きな目的は、町家の連なるまちなみ景観の保存はもちろん、京町家を保全・再生・活用することによって、京都固有のくらしの文化、空間の文化、まちづくりの文化を継承・発展させ、さらには地域経済の活性化につなげていきたいということです。
茂山さんのお話の続き...
子どもの頃、お正月準備は男がすることになっていました。おけら火を持ち帰り、かまどに移して、お雑煮を炊くのも男の仕事で、書生さんたちがしていました。今ではお雑煮は女性が炊いていますが、今でも父の千作は魚の切り身を焼くのは自分の仕事だと言って、他の者にはさせません。
このようなお正月準備は本当に大変で、面倒くさいと感じることもありますが、大切な風習だと思って続けています。これらをしないとお正月の気分がしません。
お正月のお雑煮といえば、お頭芋の入った白味噌のお雑煮をいただきます。このお頭芋は必ず全部食べるように言われました。3日かかってもいいから食べなさいと言われました。鏡開きは、神様にお供えした鏡餅は金づちでたたいて、小さなかけらにして、揚げていただきます。食べ物を大事にする習慣です。ちなみに、表の飾りはお伊勢さんのもの。「笑門来福」がわが家にぴったりだと思います。
お正月の他にも、節分の時には、夜に吉田神社で豆をもらってきて、この豆を家の豆にまぜます。豆まきは子ども二人が紋付・裃のいでたちで、家の中を「福は内、鬼は外」とまいて回ります。一人が後をついて歩き「ごもっとも、ごもっとも」と言います。これも親にそう言うように教えられます。面白い習慣です。
家の伝統で、12ヶ月の季節季節に決まった食べ物があり、これを「おまわり」と呼んでいます。主食のごはんを真ん中におき、おかずを回りに置く、回りにおくので「おまわり」と呼びます。
正月は元旦から4日までの恒例行事が続きます。初水、謡い初め、平安神宮の奉納、京都能楽会の初会合、多賀神社、祇園さん、大阪の大槻能楽堂の初狂言、お稽古場での舞初め式、日吉神社の御神事。東京の能楽師が5日くらいまで仕事がないのと対照的ですね。

